大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)4505号 判決

原告

大一建設株式会社

右代表者代表取締役

一柳正一

原告

宿谷工務店こと

宿谷義一

右両名訴訟代理人弁護士

中道武美

樺島正法

近森土雄

被告

美馬建設株式会社

右代表者代表取締役

馬岡秋男

右訴訟代理人弁護士

梅本弘

片井輝夫

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、別紙損害額一覧表(6)の各金員及びその内同表(7)の各金員に対する昭和五七年六月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの、その七を被告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告大一建設株式会社に対し、金一一一六万四〇〇〇円及び内金八二五万四〇〇〇円に対する昭和五七年六月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告宿谷義一に対し、金八四五万四〇〇〇円及び内金六三五万四〇〇〇円に対する右同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの分譲事業

原告らは共同して、昭和五四年六月頃から七月頃にかけて別紙物件目録(一)記載の土地を購入し、同年六月頃から昭和五五年五月頃にかけて宅地造成すると共に右土地上に昭和五四年一〇月頃から昭和五五年一二月頃にかけて一五棟の建物を建築した。そして右土地を各建物毎に分筆して土地付建物として分譲し、別紙物件目録(二)記載の土地付建物(以下「本件土地付建物」と総称し、同目録①(②、③、④)の土地付建物を「①(②、③、④)の土地付建物」という。)を除く一一棟の土地付建物を売却した。なお①、②の土地付建物は原告大一建設株式会社(以下「原告大一建設」という。)が、③、④の土地付建物は原告宿谷義一(以下「原告宿谷」という。)がそれぞれ所有していたものである。

2  被告の違法廃棄物処理と公害の発生

(一) 被告は原告ら建売地に隣接する別紙物件目録(三)の土地(以下「被告利用土地」という。)上に門真事業部を設け、原告らが、右分譲事業を開始した後である昭和五五年八月から廃棄物処理用の焼却炉(以下「本件焼却炉」という。)を設置して廃棄物処理業を開始した。

(二) ところが被告は右廃棄物処理業を行うにつき産業廃棄物の収集及び運搬についての許可しか受けていなかつたにもかかわらず、産業廃棄物の処分及び一般廃棄物の収集、運搬、処分をも行い、しかも営利目的で本件焼却炉の設置容量を超えて大量の廃棄物を処理したため、同年九月頃から排煙、騒音、鉄粉臭気、熱気、粉塵、水蒸気等の受忍限度を超えた公害を付近一帯に発生させた。

(三) その結果原告らは既に販売した建売住宅の購入者から苦情を受け、また本件土地付建物の買手がつかなくなつたため、付近住民らと共に被告に対し本件焼却炉の移転や公害防止策を講じるよう再三抗議、要求を行つてきたが、被告はこれについての抜本的な対策を講じなかつた。

3  被告の過失

被告は本件焼却炉を設置、稼動するに際し、右公害が発生することを予見することが十分可能であり、これを防止するための適切な処置をとるべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、住民の苦情に対応せず、公害を発生させた過失がある。

4  損害

(一) 原告大一建設関係 合計金一一一六万四〇〇〇円

(1) 土地付建物の価格減少額 金八〇〇万円

①、②の土地付建物の販売価格は当初各金二三〇〇万円(合計金四六〇〇万円)であつたが、右公害により値引きせざるを得なくなり、結局別紙物件目録(二)①、②各記載の金額(合計金三八〇〇万円)でしか売却することができなかつた。

(2) 金利 金一九一万円

①、②の土地付建物は従来の販売実績からして遅くとも昭和五六年三月末までには売却することができたものであるが、右公害により別紙物件目録(二)①、②各記載の日にしか販売できなかつた。従つて少なくとも昭和五六年四月一日から昭和五七年一月末日までの民法所定の年五分の金利分を損失したこととなり、その額は左記のとおりとなる。

4600万×0.05×10(S56.4〜S57.1)/12≒191万(円)

(3) グリーンベルト設置費用 金二五万四〇〇〇円

原告らは建売地と被告利用土地との境界付近に公害防止用のグリーンベルト(植木)を金五〇万八〇〇〇円で設置し、各自半額ずつ負担した。

(4) 弁護士費用 金一〇〇万円

(二) 原告宿谷関係 合計金八四五万四〇〇〇円

(1) 土地付建物の価格減少額 金五八〇万円

③、④の土地付建物の販売価格は当初各金二五三〇万円(合計金五〇六〇万円)であつたが、公害により別紙物件目録(二)③、④各記載の金額(合計金四四八〇万円)に値引きして売却せざるを得なかつた。

(2) 金利 金二一〇万円

③、④の土地付建物も昭和五六年三月末までには売却しえたはずであるが、別紙物件目録(二)③、④各記載の日にしか売却することができなかつた。従つて前記(一)(2)と同様に左記金利分を損失したこととなる。

5060万×0.05×10/12=210万(円)

(3) グリーンベルト設置費用 金二五万四〇〇〇円

(4) 弁護士費用 金三〇万円

5  よつて不法行為に基づいて、原告大一建設は金一一一六万四〇〇〇円及び内金九二五万四〇〇〇円に対する不法行為の後であり訴状送達の日の翌日である昭和五七年六月二五日から支払済まで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告宿谷は金八四五万四〇〇〇円及び内金六三五万四〇〇〇円に対する右同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2(一)の事実を認める。同2(二)の事実中被告が産業廃棄物の収集、運搬についての許可を受けていたこと、本件焼却炉から黒煙、騒音、鉄粉、熱気、水蒸気が発生したことを認め、その余を否認する。同2(三)の事実を否認する。

3  同4の各事実を否認し争う。

三  被告の反論

1  被告の行為の違法性について

(一) 本件土地付建物の周辺は大部分は工場や倉庫が密集する工業地域であり、大型トラックによる騒音、角田シャーリング工場から発生する八〇ないし一〇〇ホンの騒音等が発生し、また本件土地建物に隣接する桑畑工務店が木材等を焼却施設なしで野焼していた地域であつた。

(二) 被告は本件焼却炉を設置するについても必要な諸許可を受けており、当初は必ずしも適切な焼却方法ではなかつたが、それは設備技術者の見通しの甘さと被告が慣れていなかつたことによるものに過ぎず、その後は住民に対する説明会の開催、住民の要求や行政指導に応じた改善を行つてきた。

(三) 右被告の行つた改善措置は以下のとおりである。即ち被告は昭和五五年九月初旬頃本件焼却炉の稼動を開始したが、騒音が大きい、ときどき黒煙が出る、鉄粉が飛散する等の問題が判明した。その内黒煙については焼却量が多過ぎることが原因であることが判明したため被告従業員を指導した結果、同年一二月頃にはほとんど出なくなつた。鉄粉は本件焼却炉製作時に内壁に付着して除去されていなかつた鉄の残滓が放出されたもので、同年九月末頃には飛散しなくなつた。熱気についてはトタン塀を設置した。騒音防止策としては先ず同年一〇月末頃本件焼却炉のファンにカバーを付設すると共に鉄骨造りスレート葺、内部壁面にグラスウールを張つた建物を建築して本件焼却炉全体を覆つたが不十分であつたため、昭和五六年八月から約一か月間に約金九〇〇万円を投じて消音機を設置し、その結果騒音は基準値を下回るものとなつた。また同年四月頃新たに本件焼却炉から水蒸気が出たが、装置の改造により同年五月中頃には水蒸気は出なくなつた。

(四) 右のような地域性、被告の改善措置の経過からすれば、本件焼却炉によつて発生した被害は受忍限度内のものというべきである。

2  被告の行為と損害との間の因果関係

(一) 本件土地建物の販売価格の値下げは以下の理由により本件焼却炉による諸被害が原因であるものとはいえない。

(1) 本件焼却炉による被害の発生は遅くとも昭和五七年二月までであり、本件土地建物の販売価格の値下げはその後行われている。

(2) 本件土地建物を値引きせざるを得なくなつた原因はむしろ隣接する桑畑工務店による野焼にある。右野焼は昭和五九年一一月まで行われていたものである。

(3) ①の土地建物は本件焼却炉に最も近い位置にあり、本件焼却炉による被害を最も受け、従つて最も安くなるはずであるのにその隣の②の土地建物より割高で販売されている。また①の土地建物はその買主川田所有の土地建物を下取りにして販売されたもので、かような場合下取物件を転売することにより利益が得られるのであるから、それだけ販売物件価格を安くするのが通常である。

(4) そもそも原告らの当初の本件土地建物の販売価格が客観的に相当なものとはいえないし、販売価格どおり売却できるものではなく、値下げ額は通常の建売住宅販売に伴う値下げ額の限度内である。従つて右値下げと本件焼却炉による被害発生とは関係がない。

(二) 本件土地付建物が昭和五六年三月末までに販売できたはずであるとする根拠はない。本件土地付建物の建築より前に原告らにより建築された第一期工事分の建売住宅が販売されるのに完成後六、七か月を要している。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告らの分譲事業

〈証拠〉によれば、原告らは共同して土地付建物の分譲事業を行うことを計画し、昭和五四年六月頃から七月頃にかけて別紙物件目録(一)(1)、(2)記載の各土地をそれぞれ訴外浦川定一、同寺西安太郎から購入して同年六月頃から昭和五五年五月頃にかけてこれを宅地造成するとともに、昭和五四年一〇月頃から昭和五五年一二月頃にかけて第一期工事、第二期工事に分けて右宅地造成地上に合計一五棟の建物を建築し、その内①、②の土地付建物は原告大一建設が、③、④の土地付建物は原告宿谷がそれぞれ自己のものとして完成させたことを認めることができる。

二被告の廃棄物処理事業と環境汚染

(違法性及び過失)

1  請求原因2(一)の事実、同2(二)の事業中被告が産業廃棄物の収集、運搬についての許可を受けていたこと、本件焼却炉から黒煙、騒音、鉄粉、熱気、水蒸気が発生したことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実及び〈証拠〉を総合すれば以下の各事実を認めることができる。

(一) 被告は昭和四二年の設立以来土木建設請負、建設資材の販売等を業として行つてきたが、昭和五四年頃から業績が悪化してきたため、その打開策として解体工事業務を拡張するとともに他の建設業者からも工事に伴う廃棄物の処理を請負うことにより建設工事の請負契約受注の機会を拡大することとし、そのために本件土地付建物の敷地と巾約3.5メートルの水路及び里道敷を隔てて西側に隣接する被告利用土地上に門真事業部を設け、ここに廃棄物処理用の焼却炉を設置して廃棄物処理業を行うこととした。

(二) そこで被告は昭和五四年一〇月頃訴外株式会社大阪炉機(以下「大阪炉機」という。)に焼却炉一台の設計、製作及び設置を依頼し、事前検討を経た上昭和五五年二月頃右に関する請負契約を締結した。これに基づいて大阪炉機は被告に代行して大阪府に対し大気汚染防止法六条一項、大阪府公害防止条例三一条一項によるばい煙に係る廃棄物焼却炉一基の設置の届出をなし、同年四月一九日大阪府から書類審査の上これを受理された後、同年五月頃から本件焼却炉の製作を、次いで同年七月頃から被告利用土地上にその設置工事を開始し、同年九月前半頃これを完成した。右本件焼却炉の構造及び設置状況は別紙焼却炉設置図記載のとおりである。なお大阪炉機は被告から解体業に伴う廃材を焼却するためと説明されていたため、本件焼却炉を木材専用、最大焼却能力毎時六〇〇キログラムとして設計、製作しており、このことを被告にも説明していた。

(三) 他方被告は大阪府から同年七月二九日付の、大阪市から同月三一日付のそれぞれ廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)一四条一項による産業廃棄物処理業の許可を得たが、その許可内容はいずれも業種としては収集、運搬に、取扱う産業廃棄物の種類としては建設廃材一種類(但し昭和五六年六月二四日に大阪府から工作物の除去に伴つて生じたコンクリートの破片等、廃プラスチック類、紙くず、木くず、金属くず、燃えからの六種類に事業範囲を変更することを許可されている。)に限定されており、また門真市に対して一般廃棄物処理業の許可を申請したがこれを得ることはできなかつた。

(四) 被告は本件焼却炉の完成した同年九月中にその試運転を行うとともに産業廃棄物処理業の看板を掲げて門真事業部としての操業を開始し、建設廃材であるコンクリー卜片等の外、当時取扱の許可を得ていなかつた廃プラスチック類等の産業廃棄物や古木材、ダンボール、古畳等の一般廃棄物を他の建設業者、廃棄物処理業者らから有料で収集した上、これらの内の可燃物を本件焼却炉で焼却処分したところ、右操業当初から騒音、多量の排煙、臭気、鉄粉の飛散、熱気、土埃等が発生し、同年一一月頃以降には多量の水蒸気が水滴となつて飛散するようになつた。

(1)  その内本件焼却炉の廃ガス誘引ファンから発生した騒音は当初法令上の基準値である五五ホンを超える約七〇ホンにも達し、付近住民の被告や門真市への苦情が相次いだ。被告は付近住民で組織する島頭東自治会の申入れ、門真市、大阪府の行政指導により、先ず、同年一〇月末頃から一一月初め頃にかけて右廃ガス誘引ファンをブロック等で覆い、内側にグラスウール、古畳等を付設する措置を採つたが騒音は約六〇ホン程度にしか下がらなかつた。そこで門真市、大阪府から同年年末以降抜本的な騒音防止策を講ずるよう再三にわたり行政指導が行われた結果、被告はようやく昭和五六年八月二四日から同年九月二四日にかけて廃ガス誘引ファンに消音装置等を設置し、これにより騒音は前記基準値をかろうじて下回る程度に抑えられた。

(2)  多量の排煙及び臭気は主として本件焼却炉の焼却能力以上の廃棄物を多量に投入し又は木材以外の古畳、ビニール等を投入したことにより発生したものであつたため、島頭東自治会、門真市から数回におよび投入量を少くし、木材以外を焼却しないよう申入れ、行政指導がなされたが、昭和五六年になつてもなお右被害は続いた。

(3)  鉄粉は本件焼却炉処理水の酸性度が強いため煙突等が腐触し、これが原因となつて発生したもので、前記(1)の消音装置設置時に同時に改善されるまで相当多量に飛散していた。

(4)  水蒸気については被告は昭和五五年一〇月二三日頃排出パイプを太くしかつ水蒸気排出煙突を高くする改良を加えたが、昭和五六年春頃に再度多量の水滴となつて飛散したため同年五月一八日頃改善工事を実施した。

(5)  被告は本件焼却炉の燃焼部から発生する熱気対策としてその外側にトタン塀を築いたが、その外にシヨベルカー等数台を使用して行う廃棄物の仕分け、本件焼却炉への投入等に伴つて発生する土埃、振動に対する付近住民の苦情も多かつた。

(五) 被告の本件焼却炉の稼動開始以来各種の環境汚染、被害が発生したため、付近住民や島頭東自治会から被告に対し数多くの苦情、申入れ交渉等がなされ、門真市に対しても昭和五六年一〇月頃までにばい煙苦情一八件、騒音苦情三件が出され、同市は被告に対し右時期までに合計四四回の行政指導を行つたが、右交渉、行政指導に際し被告は本件焼却炉で焼却した廃棄物は全て自己の事業により生じたものであるから廃棄物処理法上は適法である旨の虚偽の説明を行つていた。

(六) なお本件土地付建物所在地付近は住居地域、市街化区域に指定されている。

3(一) 右事実によれば本件焼却炉による騒音、排煙、臭気、鉄粉の飛散、熱気、水蒸気による水滴の降下等の環境汚染ないし悪化は顕著であり、これに対する付近住民の苦情、申入れ、行政指導の内容、回数等からして右環境汚染は受忍限度を超える違法なものと断ぜざるを得ない。

(二)  この点〈証拠〉によれば、本件土地付建物周辺には後記別紙現場見取図のとおり鉄工所、運送会社の倉庫等が多く存在し、トラック等による振動、騒音も大きく、昭和五五年頃騒音が六〇ホン以上にも達したことがあること、本件土地付建物の南側に隣接する桑畑工務店は本件焼却炉設置後もその敷地内に簡易な焼却施設を設置して頻繁に木材を焼却し黒煙、すす等を発生させていたことを認めることができるが、〈証拠〉によれば、過去島頭東自治会で環境問題として取上げられたのは本件焼却炉による環境汚染が初めてであり、それ以外にはないこと、本件土地付建物を含む原告らの分譲物件の購入者から原告らに対し苦情が出されたのも本件焼却炉についてだけであつたことが認められ、これと前記2に認定した事実からすれば、本件焼却炉による環境汚染は本件土地付建物付近の住宅環境を従前よりも広汎かつ質的に悪化させ、付近住民もこれに耐えることができなくなつたものというべきであるから、従前の生活環境が前記認定のごとく必ずしも良好でなかつたからといつて被告の行為が違法性に欠けるものでなく、前認定のように、違法であることを左右するものではない。また、前記認定のとおり被告は一応の改善措置を採つてはいるが、それが十分なものとは評し難く、またその間本件焼却炉による被害の発生は継続していたのであるから、この点からも被告の行為が違法であること論を俟たない。

4 本件焼却炉の稼動当初より、廃煙誘引ファンから法令上の基準値を超える騒音が発生し、被告は付近住民からの苦情や門真市の行政指導を受けて昭和五五年一一月初め頃右廃煙誘引ファン部分をブロック等で覆つたが右基準値を下回らなかつたというのであるから、被告は右時点以後可及的速かに右騒音対策を講じ、時間がかかるのであれば改善されるまで本件焼却炉の稼動を中止する等の措置を採るべき注意義務を課せられていたものというべきである。しかるに、被告が抜本的な騒音対策を講じたのは約一〇か月余り後である昭和五六年九月二四日頃であり、しかも〈証拠〉によれば被告は門真市から再三行政指導を受けながら一旦決定しかけた防音工事委託先を変更したり、費用の都合等被告の内部事情により右対策が遅れたことが認められ、他方、その間被告は本件焼却炉の稼動を中止することなく、むしろ他の業者等から収集した廃棄物を多量に焼却していたというのであるから、被告に過失が存したものというべきである。また被告は大阪炉機から本件焼却炉は木材専用、最大焼却能力毎時六〇〇キログラムとして設計、製作してあることの説明を受け、かつ本件焼却炉稼動当初から排煙について住民の苦情等を受けていたのであるから、本件焼却炉に投入する廃棄物を木材に限定し投入量を少量に抑えて多量の排煙を発生させないようにすべき注意義務を課せられていたものというべきであるにもかかわらず、被告は木材のみならず古畳、ビニール等をもしばしば大量に投入して多量の排煙、臭気を発生させた過失があるものというべきである。

5 よつて被告は本件焼却炉の稼動により発生した損害につき不法行為上の責任を負うべきである。

三損害

1  〈証拠〉を総合すれば以下の各事実を認めることができる。

(一)  原告らが別紙物件目録(一)記載の土地上に建物を建築して分譲した一五棟の土地付建物の買主、契約日、売却代金、設定(売出)代金、値引額、建築着工からほぼ完成に至るまでの期間等は別紙販売実績一覧表記載のとおりであり、これらの原価、利益率等は別紙原価等一覧表記載のとおりである。

(二)  この内第二期工事分の土地付建物(本件土地付建物を含む)は別紙現場見取図のとおりいずれも原告ら分譲地の西側部分に位置し、その建築途中から本件焼却炉による騒音、排煙、臭気等の被害が発生したため、原告らは右土地付建物を販売することが不可能となることを危惧し、被告に対し改善策の実施を申入れるとともに、右被害を軽減すべく被告利用土地との境界側に共同して合計金五〇万八〇〇〇円の費用をかけて植樹を行ない、また本件土地付建物を二重窓に改装する等の対策を講じた。なお右植樹費用は原告らで二分一ずつ負担した。

(三)  原告らは別紙原価等一覧表記載の土地、建物の各原価に基づいて①、②の土地付建物は各金二三〇〇万円の、③、④の土地付建物は各金二五三〇万円の販売価格を設定し、昭和五五年八月頃から販売代理店等への販売委託、チラシの配布等により広告を開始したが、現場を見分しに来た顧客らはいずれも本件焼却炉の稼動状況を見て購入を見合せ、結局別紙販売実績一覧表10、12、14、15番各記載(別紙物件目録(二)記載)の日に、同記載の金額で値引きして売却せざるを得なかつた。その内①の土地付建物は、既に別紙販売実績一覧表2番の土地付建物を購入していた訴外川田和昭が同物件よりも敷地、建物床面積の広い②の土地付建物を訴外今西孝明らが金一九〇〇万円で購入したと聞き、原告大一建設に対し右2番の土地建物を金一九〇〇万円で下取りし、かつ①の土地付建物を同額まで値引きするのであれば購入したい旨申し入れ、買手に窮していた原告大一建設は早期に売却せざるを得ないと判断してこれに応じたことにより売却できたものである。③の土地付建物についても原告宿谷は買主から本件焼却炉の存在を理由に値引きを要求されてこれに応じ、④の土地付建物については不動産仲介業者から本件焼却炉により物件の価値が下がつたと言われ値引きしない限り売却できないものと判断して値引きしたものであつた。なお第二期工事分の物件の内別紙販売実績一覧表11番の土地付建物は本件土地付建物と同じく建売物件でありながら昭和五六年三月二〇日に金八〇万円を値引きしただけで売却されているが、これは買主である訴外谷口伊佐雄が付近で鉄工所を経営していた関係上同物件の購入を強く希望していたという事情が存在していたからであつた。

2  右事実中原告らが被告利用土地との境界側に植樹を行つたことは本件土地付建物を販売するためにやむなくなされたものというべきであるから、それに要した費用(原告ら各自金二五万四〇〇〇円)は本件焼却炉による環境汚染により生じた損害と認めるべきである。

3(一)  別紙販売実績一覧表によれば第一期工事分の内注文建築物件を除く同表2ないし5番の建売物件はその建築工事中ないし遅くとも建物のほぼ完成した後約四か月以内には設定価格どおりに売却されており、しかも同表3ないし5番の物件売却当時は本件焼却炉は稼動しておらず、同表2番の物件売却当時は既に稼動していたが、〈証拠〉によれば同物件は原告らの分譲地の東端付近に位置し本件焼却炉稼動の影響を大きく受けることはなかつたものと認められる。右事情と本件焼却炉による環境汚染内容、本件土地付建物の存在位置、販売状況を併せ考えるならば本件土地付建物の売却時期が遅れ、売却代金も値引きせざるを得なかつたのは本件焼却炉による前記環境汚染が直接の原因であつたと解される。

(二)  この点につき〈証拠〉によれば本件土地付建物の売却時期と同時期又はそれより以前の昭和五七年二月頃には本件焼却炉による騒音、排煙、水蒸気等の環境汚染はある程度改善されていたことが認められるが、本件土地付建物の売却代金を値引きせざるを得なかつたのはそれまでの販売状況をも考慮した結果からであるから、右事実から本件焼却炉による環境汚染と代金の値引きとの間に因果関係がないものとすることはできない。また別紙現場見取図、同販売実績一覧表によれば①の土地付建物は②土地付建物より本件焼却炉に近くかつ敷地面積が2.05平方メートル狭いにもかかわらず右②の土地付建物と同額の売買代金で売却されたこととなるが、右両土地付建物は隣接しており本件焼却炉により受ける被害はさして変わりなく、また敷地面積の差は僅少であるから右事実から本件焼却炉による環境汚染と本件土地付建物の売却代金が無関係であるとはいえない。更に被告は本件土地付建物の売却時期の遅延、売却代金の値引きは前記桑畑工務店の野焼によるものである旨反論するが前示のとおり理由がなく、その余の被告の反論内容も失当であることは論を俟たない。

4  そこで右売却時期の遅延と売却代金の値引きにより原告らに生じた損害につき判断する。

(一)  原告らが本件土地付建物につき設定した販売価格に基づいて計算した設定利益率は別紙原価等一覧表10、12、14、15番の欄記載のとおりであり、第一期工事分の物件の売却により原告らが現実に取得した利益に基づく利益率(同表1ないし9番の欄記載のとおり)に比較しても前者の利益率が格段に高率であるということはできない。

(二)  また前示のとおり第一期工事分の物件の内本件土地付建物と同じく建売物件として売却された別紙販売実績一覧表2ないし5番の土地付建物はいずれもその建築工事中ないし遅くとも建物のほぼ完成した後約四か月以内に設定価格どおりで売却されている。

(三)  しかしながら一般に不動産の分譲販売においては顧客との契約に至るまでに代金等の交渉や諸手続を踏む必要があり比較的時間を要するものであること、売買代金は当事者双方の合意で決せられるものであり第一期工事分の物件が順調に売却しえたとしても本件土地付建物を含む第二期工事分の物件について同様の需要があつたとまで認めうる証拠はないこと、仮に本件焼却炉が環境汚染をもたらさなかつたとしてもその存在自体により本件土地付建物の価格が低下する要因となる可能性が高いこと、そして前示のとおり本件土地付建物周辺の住宅環境自体が必ずしも良好とはいえないこと等の事情をも考慮するならば、原告らが主張するごとく本件土地付建物がいずれも昭和五六年三月末までに設定価格どおりに売却しえたものと解することはできない。

(四)  そこで当裁判所は右(一)ないし(三)の各事情、本件焼却炉による環境汚染の内容、被告の採つた各処置とその経過等を総合考慮して、本件土地付建物の売却時期の遅延及び売却代金の値引きにより原告らに生じた損害としては、各請求額の七割を認めるのが相当であると判断する。従つて原告らの右各損害額は別紙損害額計算表(2)、(3)に記載のとおりとなる。

5  弁護士費用

被告の本件不法行為により生じた損害としての弁護士費用額は右2、4で認めた損害額の各一割とするのが相当であり、その額は別紙損害額計算表(5)に記載のとおりとなる(但し原告宿谷については主張額の金三〇万円を超えるので右主張額の限度でこれを認める。)。

四以上によれば原告らの請求は各自別紙損害額一覧表(6)の金員及びその内同表(7)の金員に対する被告の不法行為の後であり本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年六月二五日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからいずれも右限度で認容し、その余の各請求は失当であるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を(但し訴訟費用負担分についてはその必要がないからこれを却下する。)それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小北陽三 裁判官辻本利雄 裁判官塩川茂は転補のため署名押印をすることができない。裁判長裁判官小北陽三)

別紙損害額一覧表

(1)

植樹費用

価格減少額

金利

(4)

(1)~(3)の

合計

(5)

弁護士費用

(6)

(1)~(3),(5)の

合計

(7)

(1),(2),(5)の

合計

請求額

(2)認容額

請求額

(3)認容額

原告大一建設

25万4000

800万

560万

191万

133万7000

719万1000

71万9100

791万100

657万3100

原告宿谷

25万4000

580万

406万

210万

147万

578万4000

30万

608万4000

461万4000

別紙物件目録(一)、(二)、(三)〈省略〉

焼却炉設置図〈省略〉

販売実績一覧表〈省略〉

原価等一覧表〈省略〉

現場見取図〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例